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最高裁判所第三小法廷 平成10年(行ツ)29号 判決 1998年10月27日

アメリカ合衆国ニュージャージー州マレイヒルマウンテンアヴェニュー六〇〇

上告人

ルーセント テクノロジーズ インコーポレーテッド

右代表者

リチャード・J・ボトス

右訴訟代理人弁理士

岡部正夫

加藤伸晃

東京都千代田区霞が関三丁目四番三号

被上告人

特許庁長官 伊佐山建志

右当事者間の東京高等裁判所平成七年(行ケ)第五九号審決取消請求事件について、同裁判所が平成九年六月一七日に言い渡した判決に対し、上告人から上告があった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人岡部正夫、同加藤伸晃の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は独自の見解に立って原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。

よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 元原利文 裁判官 園部逸夫 裁判官 千種秀夫 裁判官 尾崎行信 裁判官 金谷利廣)

(平成一〇年(行ツ)第二九号 上告人 ルーセント テクノロジーズ インコーポレーテッド)

上告代理人岡部正夫、同加藤伸晃の上告理由

判決主文の結論に至る理由に工学上明らかに不合理な判断そして経験則違背があり、この違背を正して判決に至るにはさらに審理を要するべきであり、判決は審理不尽である。

(一)原判決における原告の取消事由1は、審決が第一引用例についてグリースバック時に「シリコンウェハはエッチング中カソード電極と交流的に電気的接触をしており、該カソード電極と実質的に等しい電位に保たれている」と認定した点の誤りに関するものであった(判決第九頁一四行~第十頁第六行参照)。

半導体装置(トランジスタ・IC等)の製作時におけるシリコンウェハのプラズマエッチング(食刻)工程中、プラズマ生成用カソード電極上に円盤状のウェハは載置される(添付参考図(a)を参照).そして、プラズマイオンをウェハ上に照射してウェハの一部をエッチングする.その際、プラズマイオンの照射によりウェハが加熱されることがあるが、その冷却を効率良く行うためウェハと電極の間のギャップに熱伝導性の良いグリースを介在させてウェハの熱を金属のカソード電極に逃がすことが試みられる.これをグリースバックと称する(添付参照図(b)を参照).

ウェハの表面もカソード電極の表面も完全な理想的平坦ということは物理的にあり得ないから微少な凸凹が必ず存在する.どのように高度にウェハそしてカソード電極平面を研磨したところで、人間の行なう事である以上そのような微少な凸凹が残ることは免れないところである。従って、ウェハをカソード電極上に自然載置した際、添付参照図にはそれを拡大して示しているが、それらの間に微少なギャップ(空隙)が生ずる.

ところで、プラズマエッチングを行なう環境は第一引用例にも十ミクロン(10-2torr)圧力として記述してあるように、ほぼ真空状態である(一気圧は760torrであるから、プラズマエッチングの環境はその約十万分の一の気圧).つまり、ギャップ中にはほぼ真空に近い希薄な気体が存在しているだけである.熱伝導率は、気体の密度(圧力)に比例することが知られており、ギャップ中のこのような希薄な気体の熱伝導率は極めて小さいことになる。従って、加熱されたウェハの熱が希薄な気体であるギャップを伝達して金属のカソード電極に逃げることが困難になり、ウェハの温度が上昇してしまうことがある。このため、ギャップを熱伝導率の良いグリースで充填し、ウェハの熱を金属電極に効率良く伝達させ逃がすことが試みられる、即ちウェハの裏面をグリースバックしておく。注意されるべきは、一般的に用いられているグリースの熱伝導率は、プラズマ環境の希薄な気体のそれに対し、少なくとも実に十万倍以上(五桁~六桁大きい)大きいことである(この点については原告は甲第七号証によって立証をし、被告は反論をしていない)。

(二)以上の事実の上に、判決の工学上明らかに不合理な判断そして経験則違背に言及する。問題は、第一引用例においてウェハとカソード電極との間のグリースが充填されたギャップ距離が、グリースバックしていないときの希簿気体ギャップ(空隙)距離よりも小さくされているかどうかの認定に関することである。

グリースバックなしにウェハを金属電極上に単に自然に載置したとき、微少なギャップが生ずることは前述した通りである。これに対し、グリースバックしてギャップにグリースを充填したときは、ウェハを電極に対し上から強く圧接する手段を講じない限り(添付参照図(c)を参照)自然載置をしたウェハと電極との間のグリースの充填されたギャップ距離はグリースが介在される分だけ少し大きくならざるを得ない事は本来全く経験則上認識できることである。(添付参考図(a)、(b)を参照)

一方、第一引用例自体はグリースバック時においてそのような圧接手段自体を何ら示していない。更に又、そのような圧接手段によってあえてグリースバック時のギャップ距離をより小さくしなくとも又は多少大きくなっていたとしても(例えば十倍程度大きくなっていても)、十分に冷却の効果は実現し得ることは、グリースの熱伝導率が希薄気体の十万倍以上あることからして、容易に理解されるべき事柄である。即ち、冷却の目的で圧接手段が必要とは云えないなのである。工学の分野では必要のない手段は講じないという事が常識なのであるから、第一引用例にあってグリースバック時に冷却を実現するため圧接手段が用いられていたと推定することはできない筈である.従って第一引用例においては、ウェハはグリースを間に介してカソード電極上に自然載置されているだけと解釈せざるを得ないから、グリースバックをしていないときに比べ、グリースバックをした際にギャップ距離がより小さくなっているとする根拠は、経験則からしてないことは明らかな事であろう。この点、本技術分野の専門家であるアビノーム・コーンブリット氏の宣誓供述書を提出する.宣誓供述書において、グリースバック時に何ら圧接手段を用いることなく単にウェハを金属電極上に自然載置させただけで、冷却に必要な十分な熱伝導性が得られることを陳述している。そして、更に、グリースバック時のギャップ距離はウェハ裏面に塗布したグリースの厚さ(それはウェハ裏面の微少な凸凹の高さよりも明らかに大きいであろう即ちグリースなしの希薄気体の時のギャップ距離よりも大きい)にほぼ近いことを陳述している.

(三)ところが判決は、このグリースバック時のギャプ距離に関して、「ところで、引用発明1におけるグリースバックがウェハの冷却を目的とするものであるとしても、ウェハの冷却効果を高めるためにはウェハの熱を効率良くカソードに逃がすことが必要で、ウェハをカソードに密着させればその効率が上がることは技術的に自明であるから、引用発明1においては、ウェハがカソードに密着しているものと解するのが相当である.そして、ウェハとカソードとを密着させれば良好な電気的接触となることは明らかであり、ウェハとカソード電極間に形成される容量は大きく、エッチング中被エッチング部分がカソード電極の電位と実質的に等しい電位に保たれているものと認められる。」(判決第二六頁第十五行~第二七頁第七行)、及び

「グリースバックによる冷却効果は、シリコン部材と電極部材との間の空隙(ギャップ)に存在する熱伝導度の小さい気体を、熱伝導度のより大きいグリースで置換する事により生じるものであるが、減圧下におけるギャップに存在する気体の熱伝導度が常圧下での熱伝導度より低下しているとしても、グリースの熱伝導度が電極部材の熱伝導度より小さいことを考慮すれば、グリースの厚さを、ギャップを埋めつつもシリコン部材が熱伝導度の大きい電極部材とできるだけ小さい距離で対向するような厚さにしようとすることは、当然考慮されることであると認められ、原告の上記主張は採用できない.」(判決第三〇頁第五行~第一四行)と認定している.

右判決では、グリースバックによる冷却の際に冷却効果をより高めるため、ギャップ距離をより小さくさせることは当然考慮されているとしている。しかしながら、そのようなことは決して当然考慮されるとは云えない.何故ならば、右に述べてきたことであるが、甲第七号証に示すように熱伝導率が十万倍以上も高いグリースを用いているのだから、グリースバック時にギャップ距離が多少大きくなっても(例えば十倍大きくなっても)冷却効果は十分に達成され得ると理解されるのだから(ここに添付する宣誓供述書に述べられているように、実際に十分な冷却が多少広いギャップでも得られるのである)、更に冷却効果を高めるためにギャップ距離をより小さくさせるべく当業者が考慮しなければならないとする理由はないのである.この点についての証拠として 原告は甲第七号証を提出したが、一方そうではないとする事例等を示す被告提出の証拠は全くないのである、熱伝導率が十万倍以上高ければ、格別の反証がない限りあるいは特殊の状況でない限り、ギャップ距離をより小さくさせる必要性は工学上の観点から見当たらないとするのが極めて自然な判断であろう.従って、原告は更に証拠を提出はしなかったのである。このように、当業者が圧接手段を用いてギャップ距離をより小さくして冷却効果を高めるような考慮を第一引用例においてしていたとは云えない以上、グリースを間に介在させたギャップがそれを介在させないときのギャップよりも小さいと判断することは経験則上違背であることは明らかである。

(四)取消事由1に関連し、判決第二七頁第十六行~第二九頁第十五行は、甲第八号証の陳述内容に向けられている。甲第八号証の陳述の趣旨は、もしグリースバック時にギャップが0.05mm程にしてしまうと、ウェハがカソード電極に貼りついたままそれを剥す事が困難になるので、グリースバック時には必要以上に小さいギャップをとる事は工学上考えられない点を述べたものである。つまり、圧説手段等を用いてギャップを0.05mmのごとく小さくし過ぎるとグリースが接着剤の働きをしてしまう事を説明しているのである。このような現象は我々が日常しばしば経験する事である。例えば、水でさえ接着剤となってしまう。二つの平坦な円盤をそれらの間に水を介して圧接すると、剥がれなくなってしまう事はよく経験される事である.その現象を説明しているのが甲第八号証なのである。しかるに判決は、そのように工学的に採用され得ないだろう事例として甲八号証が示した0.05mmのギャップについて、そのような事例も工学上とられることもあるのではないかとしてしまっている。これでは、甲第八号証での説明から全く逸脱した、不合理な解釈である.

先の審理において、原告は被告主張に対する反論に必要な証拠、主張を全て提出している.原審の専権に属する証拠の取得判断、事実の認定といっても、判決はその範囲を越えているものであり、この点最高裁判所の判断を強くお願いする次第である。

(五)第一引用例のグリースバック時のギャップ距離が、グリースバックをしていないときのギャップ距離よりもより小さいか又は大きいかについての認定は、本願特許発明の特徴事項である「プラズマを生成する該電極の1つと該シリコン部材との電気的接触によってエッチング中該シリコン部材が該電極の1つの電位と実質的に等しい電位に保たれているように該シリコン部材を該電極の1つの表面に設置することを特徴とする」と直接に関係するものである.即ち、第一引用例のグリースバック時におけるギャップ距離がより小さくされているという認定が誤りならば、電気的接触が実現されているとは云えず、第一引用例のグリースバック時に右の本願発明の特徴事項とする内容が為されているとすることができないからである(そしてこれについての審決の認定を争ったのである)。従って、この点に関する審決の認定の工学上不合理な判断・経験則違反は、判決の結論に直接影響を与えるものである.

(六)取消事由1に係わる、判決の他の部分については、右に述べた工学上の合理的判断そして経験則及び甲第七号証に基づく適正な判断がグリースバツク時のギャップ距離について為されれば、自ら異なる認定に至る事柄である。

取消事由2は、取消事由1に直接基づいた主張である。

(七)以上述べた点に基づいて、原判決に審理不尽であるから破棄するとの裁判を求めるものである.

以上

(添付書類省略)

参考図

<省略>

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